NOV- DEC
圧倒される輝き。自然が生み出す造形には、ちょっと敵わないな。苔寺として知られる西芳寺の秋。夏の名残り、冬の始まり。120種類もの苔が境内で息を潜めている。枯山水から二段構えの庭を下り、広がる池泉式で「心」という漢字を描いた池を囲む木々は、めっぽう趣がある。史跡・特別名勝で世界文化遺産。美しき、日本。
SEP- OCT
何と美しい陰影だろう。何と穏やかな陽だろう。壁に抜かれたひょうたん型の窓の向こうに日本庭園が広がり、窓の手前に日本が誇る手仕事の数々が佇む。削がれた美を愛でる繊細な心を満たすために、土、木、火、水…といった、手ごわい相手と向き合った職人たちがこの世に残した数々のもの。じっと見つめているうちに、あらゆる事物は現象として成り立っているだけの存在であるという仏教の教えを思い出した。これほどまでに人を魅せるものを生み出すまでの情熱や苦悩は、作り手だけが知っている。そこから早朝に短時間だけ咲く蓮の花との出合いのようだ。のよう見る側は逢瀬の瞬間を感謝するばかりだ。活けられているガラスの蓮は、京都・和知に工房を持つ荒川尚也さんの作品。10月23日(日)まで美山かやぶき美術館で、合える。
JUL- AUG
祇園祭の船鉾は、八坂神社所蔵の「祇園社記第十五」に嘉吉元(1441)年の創建が記されている。ここは鉾を解体し、奥へ奥へのしまう保存蔵。静寂な空間は、きらびやかな鉾とは違った感動を与えてくれる。祭りが終われば、名もない人たちの、尽力、継承への喜び、それぞれの人生が鉾と共にしまい込まれ、次の夏の始まりを祈りながら、コトリと鍵をかける。組み立てのために蔵を開けるとき、調度品にカビが生えていないか、壊れていないか、季節が変わっても、時々、思うそうだ。
MAY- JUN
京都の6月の陽の光は優しい。晴れの日は差し込んだ先に穏やかな模様を作り出す。雨の日は窓の向こうに降る雨粒を小さく照らす。夏までの短い助走。ああ、今年も年の半分が終わったか。なんだか、あんまり変わらない毎日だけれど、人生なんて、そんなもの。去年、ここで杯を酌み交わした年上の友人が「綺麗」とつぶやいた床の緑。もう、あの声の主はこの世にいない。ただ、ぼんやりと眺める。
MAR2022 - APR2022
幼い頃から、春が来るたびに願ってきたことがある。どうか、自分の大切な人が桜の季節に逝きませんように、と。桜を見るたびに、その人を失った日々を思い出すのは、余りにも悲しすぎる。わずかの時間に一気に花ひらき、儚く雪のように散る。春陽麗和の希望溢れる季節に咲くのに、桜はどうしてこんなにも人を恐れさせるのだろう。「花は人間のように臆病ではない。花によっては死を誇りとするものがある。日本の桜がそうで、潔く風に身を任せるのだ」と岡倉天心は言った。自分が好きな桜の木のもとを訪れ、今を生きる臆病な自分を、奮い立たせる。祇園建仁寺の境内の隅に隠れるように立つ枝垂桜。今年も訃報なしに見ることができた。
JAN2022 - FEB2022
急速に変化し続け、答えが無い時代、何でもありの時代と言われているが、当然、変わらぬものもたくさんある。地球温暖化で自然界も不穏が続く。弊所事務所は築130年余りの京町家。大家さんである妙蓮寺に年始の挨拶に伺うと、この季節に桜が咲いていた。日蓮大聖人が入滅した際に開花したと言われる「御会式櫻」だ。極寒の気をまとい、凛凛と。桜は春に咲くものという常識の覆しが、ここに。常識を疑えって言うけれど、疑った後こそが、勝負どころなのです。