歳時記2018

JUN-JUL 2018

7月に入ってしばらくすると、遅くなってきた日暮れを待ちきれないかのように、祇園祭りのお囃子が四条烏丸界隈で鳴りだす。まだ、音合わせの練習の緒段階なので、旋律は合っているものの、ゆるい感じで演奏され、ああ、これは助走なのだな、と思う。鉾が建てられるまでの数日間ほど「今年も迎えられる」という思いが強くなる時はない。街の準備も喧噪も始まったばかりで、鐘と笛の音色が先行する。何百年前から街に流れる祇園囃子は、京都で生まれ育った自分にとってはSOULだ。生まれた時から変わらぬお囃子を聞いて、時を駆け、土にかえる。いま、いろいろな形で祭りを支えている市井の人達の尽力も情熱も埋もれて消える。あっと言う間の人生だな。

MAY-JUN 2018

水無月の青モミジを静かに愛でることができる場所がある。南禅寺中門をくぐってすぐ北へ、鹿ヶ谷通を歩き、東山中学・高等学校を経て、禅林寺(永観堂)までの小路だ。中でも禅林図書館前の小さな池を囲む風景は知る人ぞ知る、京都人の大切な癒しの空間だ。清らかながら、いろいろな味わいの緑色が重なり、静かなパワーとなって身を包んでくれる。平安時代に生まれた日本の伝統色の襲色目(かさねいろめ)」では、青紅葉と表記され、秋に用いられた襲色目となる。表に青、裏地に朽葉色で、赤く色づいた葉の下に隠れるように存在する青紅葉を表す。「紫の匂い(むらさきのにほひ)」「雪の下」「若菖蒲(わかせいぶ)」… 色をねて自然を表現するとは。なんと優雅な時代だったのだろう。

APR-MAY 2018

梅雨から夏に季節が走る、助走の5月。一年で木々が最も美しい季節だ。南丹・美山へ、生命の息吹を感じるグリーンに出合いに行く。小川沿いの土手に群生する名もない草花。葉型や明度の違いが、一幅の絵画のようだ。この自然を享受できるのは、極寒の冬を乗り越えたから。厳しい自然と共に生きる人々への、ご褒美なのだろう。美しい日本の風景。協奏曲のように迫りくる、生のちから。

MAR-APR 2018

桜は咲いて、ほどなく散る。うきうきと京都の路地を歩くと、いろいろな桜が語りかけてくる。京都市指定文化財の日本基督教団 京都御幸町教会は、建築家のウィリアム・ヴォーリズが1913年に建てた。彼の初期の作品として有名で現存の教会堂としては最古のもの。ヴォーリズは京都市内で教会を多く設計したが、完全に近い状態で姿が残っているのはここだけ。上の窓は京都をイメージしてか格子戸風に。青空とレンガに映える桜だが、なぜか枝が大幅に伐採されている。何かあったのかな、と見上げていると、花びらがひとひら。100年後にも、この風景はあるだろうか。

FEB-MAR 2018

夜の闇に浮き上がる白梅は、夜桜ほど華やかさはないものの、曲がり伸びる枝振りが、はかなげで趣がある。伝統的建造物群景観保存地区に指定された祇園新橋の料理旅館「白梅」へは、白川にかかる橋を渡って入店する。江戸末期の創業時は、お茶屋「大柳」だったが、1949年に現在の形態に。ゆうに樹齢100年を越える白梅・紅梅の古木の奥に数寄屋建築が佇む。創業当時とあまり変わらない風景。今も昔も人は悩み、歓びながら橋を渡った。春浅い闇夜に飛ぶように咲く白く小さな花々を格別の思いで見上げていたのだろう。

JAN-FEB 2018

京都で「えべっさん」と言えば、祇園の建仁寺西にある京都ゑびす神社。普段は静かな神社も、1月8日から始まる十日ゑびす大祭の時は、新旧の笹を持った参拝客でごったがえす。笹は真直に伸びで、折れず、葉が落ちないことから家運隆昌、商売繁盛の象徴となった。偶然、旧知の老舗の旦那に会った。手をつないで横にいた我が子に「ほら、挨拶せんかいな」と言うと「お父ちゃん、昨日も来たやん。なんで続けてえべっさんなん?昨日も知らん人にいっぱい挨拶したわ、僕」とつぶやいた。「お前も大きなったらわかる。あっ、ほな失礼します」と軽い足取りで奥に消えたが、理由は明白。10日は東映太秦映画村から駆けつける女優さんが、11日には祇園町と宮川町の舞妓さんが福笹や福餅を奉仕するからだ。極寒の中、なぜか温かさを感じた、残り福の吉日。

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You&Me

53

 

無いっ!

 

汗ばむ陽気のある日。突然、気が付いた。ウォーキングクローゼットの中の服が6着も無い。初夏から初秋に大活躍してくれる、外出着とパーティーウェアが、根こそぎ。どこかに仕舞ったこと自体を忘れたのか、それとも…。自分にしては高価かつ気にいっていたアイテムばかりが、消えている。念のため馴染みのクリーニング店にたずねると「コンピューターで調べましたが、すべて引き取っていただいています」との返事。そう言えば、パールのネックレスも見当たらない。いつか、どこかから出てくると思っていたが、これってまさか…。夕食時に両親に伝えると、まず父が「それは空き巣に取られたにちがいない。実は本に挟んでいたへそくりの10万円が無いと思ていたところだ」と言った。「それって、いつの話?」「いやー、1か月前までは確かにあった。いや、あったと思う。そうかあ、ボケたと思ってたが、泥棒かあ。お前の服はいつまであった?」「うーん、それが夏服なんで、気に留めなかった。でも去年の10月にはあったような…。(父、訝しげ)…いや、ありました」というような会話を続けていると、母が「うちはセキュリティもしっかりしているし、そもそも、金目のものではなく、洋服を盗むなんておかしいわ。お父さんのへそくりも、はさんであるページまで特定できない。それよりも、バッグを変えた時に応接間のテーブルの上にポンと置いた商品券が見当たらなかったの。包装紙と一緒に捨てたと思っていたんだけど、泥棒かしら」と言った。それからというもの、普段から、探し物ばかりしている両親は、何か見つからない物があると「やっぱり、ドロボーにちがない」と言いあっている。それにしても、かずかずの品は、いずこへ?

 

 

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誇り

 

知人から「YouTubeに2017年のクリスマスにNintendo Switchをゲットして歓喜する子供たちシリーズがある。中でもPart7は出色。日本人として誇りだね」と聞き、さっそく見てみた。海外の子どもたちが、ベリベリとプレゼントの包装を破り、中から出てきたものを見るなり「Oh! Nintendo Switch」と叫び、泣きだしたり、のたうちまわったりして喜ぶ姿が集められていて、あまりの喜びように見ている側も幸せな気分になる。そう言えば、と感銘を受けた言葉を書き留めている手帖を取り出した。もう数十冊になるのだけれど、いつ読んでも、どの言葉も古びずに新たな力を与えてくれる。確か、この辺にと探し出して読み返すと自分の功績が自らの人生に何を与えたかと考えた時、銀行口座にいくら金が貯まったかなどとは意味のないことだ。あなたの愛することをやり、あなたのすることを愛しなさい。なぜなら、それが人々があなたについて記憶する姿だからだ。それをSatoruIwata から学んだ」とあった。ゲーム界のレジェンド、任天堂の前社長・岩田聡さんが亡くなった際に寄せられた、南アフリカのある有名なコラムニストの追悼の言葉だ。同じ京都にいるということもあり、岩田さんとは面識があったが「僕の名刺の肩書きは社長ですが、頭はゲームの開発者、そして本質はゲーマーですよ」と言っていた。42歳でいきなりの社長抜擢で畑違いの開発から経営へ。その道は決して平坦では無かったが、強い思いで進んだ。ゲームは賭博ではなく、子供たちに夢を与えるもの。その思いを遺された人たちが引き継ぎ、世界的に大ヒットとなった持ち運べる家庭用テレビゲーム機「Nintendo Switch」を生んだ。世界中の子どもをこれほどまでに喜ばせているのは日本の会社だという日本人として誇りを感じ、人生をゲームに捧げ、55歳で逝ってしまった岩田さんの笑顔を思い出した。

 

 

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しまつ

 

先日、50代の男性4人と、とんかつ屋で食事をした。いずれも経営者で、お金をかなり自由に使える人ばかりだ。食べながら、そのうちの一人が「俺、この間もこの店に来たわ」と、その時の話を始めた。河原町通りに面した交差点角にある店の駐車場は一般でも使えるコインパーキングになっている。彼は、ある日の昼食に1,200円のとんかつ定食を食べて店を出た。

30分後に、急にその店のすぐ先のビルに入っている経理事務所に行かねばならなくなり、車で駆けつけた。駐車場が見当たらず、同じ店の駐車場に入れたそうだ。「それで、戻ってきたら、駐車料金が1,500円になってた。うーん、と考えて、店を利用したらタダになるから、もう1回、同じとんかつ定食を食べたわ。さすがに食えへんかったわ。わはは」と笑った。それを聞いた残りの3人が「コーヒーだけにしたらよかったのに」「食べ残したとんかつ、もったいないな。お持ち帰りしたら良かったのに」「ほんまに、いい事思いついたな」という言葉を、ほぼ同時に真顔で発した。その翌日。ある寺の御奉仕で庭の掃除を手伝った。落ち葉を満杯にビニール袋に入れて、口を結んで捨てようとすると、そこの御亭主に「まだ、捨ててはいけない。口を結んで置いておくと、中の落ち葉がだんだん朽ちて空間ができる。そこにまた、新しい落ち葉を入れる。それを繰り返して、もう入らないというところまで入れてから捨てるのです」と言われた。ああ、これが「男のしまつ」なのだな。どちらの時も、愛しさに微笑んでしまった。