MAR- APR
昨年の初夏に、最寄り駅から少し遠回りしてみようか、と思い立ち、いつもと違う道を歩いた。久しぶりに歩いた道の風景が少し変わっていた。京都が誇る企業の広大な土地に建つ社宅が取り崩されていたのだ。しかし、敷地内に枝幅が30メートル以上はあろうかと思われる巨木だけが残されていた。なぜ、あの木だけ残されているのだろう。そのうちに造園業者が来て、倒されるのだろうな、もったいないな、と考えて、それから、残された木が気になり始めた。ちょくちょく前を通るようになり、いつまで経っても倒されず、時に悠々と、時に寂しそうに佇んでいた。果たして、あの木は何の木なのだろう、という思いも、慌ただしさに消えていた。そして、春になって、思い立って訪ねた。桜だ。桜だった。なんと美しい。数々の人生を見てきた桜。外からは見えなかった隠されていた桜。だから、切れないでいるのか。桜は、こんなにもセンチメンタルな時間を持たせてくれる。
JAN - FEB
2024年の幕開けは。無常の震災から始まった。もはや人知の及ばない自然の驚異に震えた。テレビで見る現地の様子に、阪神淡路大震災の際に見た光景が、記憶の底から浮き上がってきた。一つ目は、地震の翌日に阪急梅田駅に後輩を迎えに行った時の彼女の戸惑いと驚きの顔だ。電車でわずか20分しか離れていない大阪は震災など無かったような変わらぬ日常があり、道に横たわる遺体の横を歩きながら避難してきた自分が、どこにいるかわからなくなった、と言った。もう一つは、倒壊したアパートの埋もれた1階から肘先だけ出ていた白い手だ。入社間もない私は、5時間ほどかけて自転車で現地入りした。視線の先で、その手は、微かに動いていた。声をかけると小さなうなり声が聞こえた。そこにいた2,3人の人を呼び、懸命に瓦礫をのけて、地面を掘った。幸いにも自動車のジャッキを持ってきた人がいて、引き出せた。懸命に瓦礫をのけた時に負った怪我の跡は、今も左手の人差し指の付け根に残っている。両親は手に残った傷跡を見て、何年も悲しがったが、これは見知らぬ人の命を救うお手伝いができた証だと思っている。